大高城訪問記(2018/10/13)
名古屋市緑区、JR大高駅の西側、閑静な住宅街の中に大高城跡はあります。
現在は国の史跡に指定され、公園として整備されています。
大高城の歴史
かつては尾張国内の今川方の拠点として戦略的な価値を持ちました。
永禄3年(1560年)、桶狭間の戦い直前に松平元康(後の徳川家康)が織田軍の包囲網を破って兵糧を運び入れた城でもあります。
桶狭間の戦いの後、戦略的価値を失い、間もなく廃城になったと伝わっています。
現在の遺構
現在は2つの曲輪とそれを隔てる堀、土橋が遺構として残っています。
大高城を取り巻く当時の状況
永禄3年(1560年)頃の大高城周辺の地理は
城域のすぐ北西側に伊勢湾が迫り、東側に一本の川を挟んで織田方の鷲津・丸根の両砦と対峙している状況で、大高城は織田と今川による伊勢湾経済圏支配をめぐる熾烈な攻防戦の真っ只中にあったといえます。
新たな取り組み
城研では城郭をより深く理解するために今回から縄張り図の作成を活動の一環として導入しました。
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